日本人とお墓シリーズ(14
「蓮華ってな〜に


なぜ墓石に蓮華台があるの?

仏像・仏画の仏様やボサツは、たいてい蓮の花弁の台座にお立ちになったり、坐っておられます。
この台座は「蓮台」(は(ち)すのうてな)とか「蓮華座」(れんげざ)、「蓮華台」(れんげだい)と呼ばれています。
「蓮」を「はちす」というのは、花托の部分が「ハチの巣」を逆さまにした形に似ており、穴がいくつもあるからです。

蓮華台のついた墓石をよく見かけますし、お位牌にもあります。
仏さまやボサツと同じように、なぜお位牌や墓石にも蓮華台をつけるのでしょう。
蓮の花には、どんな意味があるのでしょうか。
今回のテーマはお墓と蓮華(れんげ)です。

ネアンデルタール人の供花

供養をするときは、お仏壇やお墓、それにお葬式でも必ず花を供えます。これを「供花」(くげ)といいます。
亡くなった人に花を手向ける習慣は、いつ・だれがはじめたのでしょう?
死者に矢車草やアザミなど七種の花を供えた最初の人類は、5〜7万年前のネアンデルタール人(イラン・シャニダール洞窟
で発見)でした(養老猛司他著『脳と墓T』弘文堂・佐原真著『考古学千夜一夜』小学館ライブラリー)。
古くから火や花は、世界共通して死者の祭祓(まつり)に用いられてきました。
中でも「供花」の習慣がもっともはやく、私たちがお墓参りで花を供える習慣も、考えてみると、5万年以上も続いています。
ですから、驚異的なお墓やお葬式(葬墓・そうぼ)の「文化」と言うことができます。

古代インドの蓮の花

インド原産の蓮(英語で「ロータス」)は古くから世界中に分布していました。
古代エジプト(「神聖なロータス」)ギリシャ神話(「ロータス・イーター」=食蓮人)、中国では仏教以前から、俗塵に染まない
「君子の花」とされ、日本の『古事記』や『万葉集』にも出てきますし、日本で最初に花が造形されたのは6世紀の
終わりでしたが、それは飛鳥寺の蓮華紋の瓦だったそうです。(佐原真著・前掲書)
古代インド(3,000年前)では、「ハスの女神」像が発掘されています。蓮は女性の母胎(胎蔵)と考えられ、多産・生命の
創造をあらわしました。のちに、豊穣・幸運・繁栄・長寿・健康の意味が加わります。
インド最古の文献『ヴェーダ』に、ハスの女神は、蓮の花の上に立ち、蓮華の飾りをして誕生した、とあります。
紀元前5世紀に仏教がこうした風土の中に生まれると、蓮華はおシャカ様の誕生を告げて花を開いた、という伝説が
できます。(以上、『世界大百科事典』・平凡社)

仏教と蓮華

仏教や仏法をあらわす代表的な花はもちろん蓮・蓮華です。
有名な『法華経』の正式名は『妙法蓮華経』で、「法華」(法の華・ほうのはな)とは「大白蓮華」(だいびゃくれんげ)
のことです。
奈良・東大寺の大仏様(=毘廬遮那仏・びるしゃなぶつ)がまだボサツとして修行されていたとき「蓮華蔵世界」を
厳かに飾られ(荘厳され)た、と『華厳経』(けごんきょう)にありますから、「華厳」の華は「蓮華」です。
その様子が大仏様の蓮台(蓮弁)に描かれています。
密教(真言宗・天台宗)では、マンダラ(胎蔵マンダラ)の真ん中に八葉の蓮華(中台八葉院)があり、その中心に
本尊の大日如来がおられます。ちなみに墓石の蓮華台が八弁なのはここに由来しています。
また、浄土宗・浄土真宗のお経『阿弥陀経』や『大無量寿経』(だいむりょうじゅきょう)などにも、極楽浄土の蓮池には
蓮の花が咲いている、と書いてあります。
もちろん禅宗(臨済宗・曹洞宗)の本尊・釈迦牟尼仏の像も蓮華台に座っておられます。
このように、日本のすべての仏教宗派に共通して蓮華台が使われます。それは蓮華が仏教の根本的なシンボルで
あるからにほかなりません。

極楽往生と蓮華

さて、ここでクイズです。
「極楽往生」といいますが、いったい、どの様にして亡くなった人は極楽往生に生まれるのでしょうか?
その答えは『大無量寿経』と『観無量寿経』というお経にあります。
お経には、多くの人々が七宝の蓮華の中で自然に不思議な誕生(=化生)をし、(蓮華の上に)両足を組んで坐っている、
とか、命が終わると無量寿国(=浄土)に生まれることができ、七宝の蓮華の中で化生する、とあります。(『大無量寿経』=
『浄土三部経』上巻205頁・岩波文庫)。
また、西方の極楽に生まれ、蓮華の中に両足を組んで坐り(=結跏趺坐・けっかふざ)・・・、とあります(『観無量寿経』=
『同』下巻61頁)。
「極楽往生」とは、浄土の蓮池に咲く「蓮華」の中で、一瞬のうちに不思議な誕生をすることです。
こうした誕生を「蓮華化生」(れんげけしょう)といいます。
ここに仏教以前の古代インドの「ハスは母胎をあらわす」という考えが受け継がれています。

蓮華は成仏と往生のあかし

ところで、亡くなっていない仏さまが蓮華の台座にいるのはなぜでしょう。
それは蓮華に「悟りの世界」という意味があるからです。蓮華はよごれた泥の中から清らかな花を咲かせます。
泥は「迷いの世界(この世)」、蓮華はよごれた泥に染まらない「悟りの世界」のたとえです。
仏さまは悟りを開いて仏になった(=成仏した)尊い方です。その「あかし」として蓮台に乗っておれるのです。
日本では平安中期に浄土のおしえが広まりますが、臨終のときは「ナムアミダブツ」とお念仏を称えた人は全て浄土に
生まれる、という「極楽往生」のおしえでした。それは「成仏」と同じ意味なので亡くなった人も蓮華台に坐ることが
できるのです。
お念仏を称えると死者は成仏し極楽往生できる、という教えは、日本では画期的なことだったので、わかりやすさから
一気に全国に広まりました。
最初に述べたお位牌やお墓に「蓮華台」をつけるのは、実は亡き人が成仏し極楽往生した「あかし」だったのです。

観音様が蓮華を持ってお迎え

「蓮華の中に化生する」といいましたが、では臨終のとき、だれが蓮の花を運んでくれるのでしょうか。
それを描いたのが『阿弥陀聖衆来迎図』(あみだしょうしゅうらいごうず)です。
アミダ様は25人のボサツたち(聖衆)をつれて西方浄土から臨終の人をお迎えに来る(来迎)様子が描かれています。
この中にはもちろん地蔵ボサツもおれらます。
図を見ると、アミダ様の左右に観音ボサツと勢至(せいし)ボサツが先導され、観音様は両手で「蓮台」を
ささげ持っておられます。(勢至ボサツは合掌されています。)これが浄土へ往生するための「蓮華」です。

こうした図を美術では「来迎形式」といいますが、他にもアミダ様・観音様・勢至ボサツの「阿弥陀三尊蔵(図)」
(あみださんぞんぞう)や、「山越阿弥陀図」(やまごえあみだず)などがあります。
有名なのは宇治平等院・鳳凰堂の「阿弥陀浄土」(国宝・京都)、大原・三千院の「阿弥陀三尊像」(重文・京都)、
知恩院の「阿弥陀三尊来迎図」(国宝『法然上人絵伝』・京都)、禅林寺の「山越阿弥陀図」(国宝・京都)などがあります。
とくに「来迎阿弥陀三尊蔵」の勢至・観音ボサツは、日本式に「正座」をされています。
お寺や美術館で「来迎図」や「来迎阿弥陀三尊蔵」をご覧になることがあったら、こんな点にも注意して、
平安時代以来の日本人が、亡き人への優しい願いを込めたことも、是非思い出して下さい。

お墓と蓮華台

「蓮台」(はちすのうてな)は、亡き人・ご先祖様たちがホトケ様となり(成仏し)、西方極楽浄土へ往生した「あかし」として、
お墓や位牌につけられていることはご理解頂けた、と思います。
先生はこのことが日本に花ひらいた、民衆の信仰のすばらしい大白蓮華(だいびゃくれんげ)のようだとお考えです。
そこに流れているのは、亡き人やご先祖さまを大切におもい、極楽で安らかに暮らして欲しい、と願う、やさしい日本人の
「先祖供養」の心です。
どうかこの「日本人の心」を大切にし、いつまでも子や孫へ伝えて欲しいとお考えです。

先生はお墓がとても好きな変な人間ですが、蓮華台のあるお墓の前では「幸せですね」と話しかけます。
もし、ご予算が許せば、是非墓石に「蓮華台」を奮発して付けてみて下さい。
きっとお墓参りが楽しくなり、とても豊かな気分になるはずです。


この「日本人とお墓シリーズ」の著作権は、「石文化研究所 小畠宏允先生」に帰属します。
無断で複製・転載はご遠慮下さい。

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